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これってアルケミスト・・・・・?

2009年12月24日 17:48


ふと手にした書籍に懐かしい文言があった。

私の高校生活3年間
毎朝 唱えたものと同じ・・・

一、天地の真象(シンショウ)を観察して
真神(シンシン)の体を思考すべし

一、萬有運化(バンユウウンカ)の毫差(ゴウサ)無きを以って
真神の力を思考すべし

一、活物(カツブツ)の心性(シンセ)を覚悟(カクゴ)して
真神の霊魂を思考すべし

つまるところ

天地で起きることを観察して
宇宙のあり方について考えよ

全てのものが、あるべく所にあるべくして動く
その天地宇宙が法則に則って動く姿を見て
宇宙の力というものを考えよ

生きとし生けるものの中に心性、
意味のあることを洞察し
大いなる宇宙の意志を考えよ

・・・・・ざっくり言うと
そんなところかな・・・


なんかコレッて、「アルケミスト覚書」 
みたいじゃないです?(笑)

そして、今も 歩いている道

・・・・@@ ですよね?


今日はただの独り言のようなものです(^^;
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こども でいる時間

2009年12月17日 15:34

2009年は、私にとってどんな年だったかな・・・

そんなことを思いながら、

この1年を軽く振り返ってみる・・・・

もちろん年頭から、内側に入る年だ・・
と表明はしていたと思うけど、それに追加して

今年は

「こどもでいる時間」

だった気がする。

歩く方向は分かりきっている。

そのためにやるべきことも、
少なくとも最低限のステップがなんなのか・・・・

一通りわかっているし、その道を歩くことに何の迷いもない。

だけど、私の中のもう一人の私は、

とっても幼くて、今年の初めあたりでは、
大人になんかなりたくないと言って
テコでも動かない様相だった。

昔の私なら、もう一人の大人の私が意志の力でもって
そんな幼い私をいやがおうにも動かせた。
上手になだめすかしながら、
やるべきことをやらせることができた。

でも、今年は、そんな手は通じなかった
その抵抗力や恐るべし・・・・

これは動かんし、動かす気にもならない・・・と
早々に諦め、野放し状態(笑)

「こどもな私」は
「あれは嫌」、「これもやりたくない」
と、今まで数年かけて作り上げてきた習慣を
ことごとく拒否する。

せっかく苦労しながら作り上げてきた「私」が
ことごとく崩れていく感じだった。

それでも「こどもな私」の威力は半端じゃなかった。

数年かけて作り上げてきた習慣を崩すことで、
次にはじめる時は、また1からのスタートになるだろう、
そんなことが分かっていても崩すしかなかったし
それも必要な気がしていて、
結局、この1年、今まで習慣にしていた
「やるべきこと」を一切やらないままで過ごした。

しかし 「こども」 とは不思議な生物で
思う存分 「こども」 を満喫すると
「そろそろ大人になってもいっかなぁ~」
と、散々かき回したあとに、
いともあっさりと次に進んだりするもののようだ。

今年1年、散々「こどもパワー」を行使した
「こどもな私」も、そろそろ

「大人になってもいっかなぁ~」

と、声が聞こえてきそうな気配がする(笑)

(そうあって欲しいものだ・・・・と切に願う、大人な部分の私^^;
来年は大丈夫・・・・・・たぶん)

歳を重ねるって羨ましい

2009年12月15日 17:19


ふと、歳を重ねていない自分にもどかしさを感じる時がある。
伝えたいことがたくさんあっても、
自分にとって十分な歳と経験を経ていないと感じるから。

歳を重ねていくことを心待ちにするって
ちょっと変な感覚かもしれないけど、
昔の日本や、今でも近代化に犯されていない
地域には残っているものだという。

そしてそんな地域には痴呆や足腰の弱るお年寄りはいなくて、
皆、肉体を去るほんの数日前までピンピンして元気だと。

別に長生きをしたいとかそういうことではなくて、
そこに見えてくる人間の味とか深さ、
知識が智慧になっていくその姿をみると
単純に羨ましい・・・・と、私は思ってしまうのだ。

それはきっと師匠である由衣さん(まだ若いけど)や、
由衣さんから話に聞く、由衣さんの師匠やその周辺の人の
60歳を越えてなお益々元気にその智慧を人々のために
伝え活動している人たちの話を聞くからだろう。

また、私自身が実際に会い、学んだ人たち、
スピリチュアル・ヒーリングタッチの基本を教えてもらったマリア
ライフパーパスアストロジーを教えてもらっているマーニー
92歳になってもキラキラ輝いている祖父の弟のおじちゃん

みんなひとつの道を究めた先にある智慧が、
その人の存在そのものになっている。
そしてなおその道を究め続けるからこそ輝いている。

メディアで見かける人たちにしてもそうだ。

なにも歩く道は、何か特別なことである必要はないのだと思う
何よりも「人間である」ことを究め続けた人の存在は
それそのものが、後ろを歩く人間にとっては「宝」なのだと思う。

だから、歳を重ねることは羨ましいことに思えてくる。

そして決して一朝一夕には手に入らないもの。

自分の中のもどかしさを情熱に変換して、
日々をできるだけ精一杯生きること以外何もできないけど・・・・・

足ふみ

2009年12月13日 18:47

えっと、12/7に福岡に帰ってきてます ^^/
「女性としてフルレベルで生きる・・・」
そんなテーマのクラスに出てきました。
TDLに行ってきました。
分杭峠に行ってきました。
東京でセッションもしてお仕事してきました。
LPAのお勉強もしてきました。

あ、川崎市のプラネタリウムも見てきました(笑)


今回は、てんこ盛りの東京滞在約10日間でした。

それでも、なんと申しますか・・・・

前には進んでいない感じ・・・・とでも申しましょうか。

でも、足ふみはずっとしているのです。
手ごたえもそれなりにあるのです。

例えて言えば、
柱を立てるために柱の下に敷く石がありますよね、
(名前知らないけど、都府楼跡みたいな・・・)

あの石の上でずっと足ふみしている感じというか、
でも石は不思議な素材でできていて、
踏むほどに広く広がっていっている感じがするのです。

大きな柱を立てたいのかもしれません。

なんとなく、来年も足ふみな気がしています。

でも、同じ石の上ではなくて、あと数個
別の石の上で足ふみをしちゃうんじゃないかと・・・
そんな気配なのです。

でも来年の終わり頃(気が早いなぁ)

なんか、見えてくる気がするのです。

そして 今、私にできることは、
心をこめてひたすら足ふみをすることのように思えるのです。


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