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密かな楽しみ♪

2010年01月17日 18:17


ちょうど、去年8月に受けたマーニー・デューガンの占星術のクラスで
ダンスで体を動かすことによって細胞の中の記憶がよみがえる・・・
(なんで占星術のクラスでダンスかい?って感じですが)

ということで、ダンスの時間があって、
ちょうど、自分にとってのタイミングが合っていたのでしょう・・・・

踊りだしたとたん、過去(あれを過去と言っていいのか不明だが)
「とりあえず、絶対にこの人生ではありえません!」

って感じのものがよみがえり、そのエネルギーの中で
それはそれは後日激しい筋肉痛になるほど踊りまくったのです(笑)
(たぶん周りの人は引いていた)

ちょうど時期を同じくして、友人に誘ってもらって
リラの近所のライブハウスで開催されていた
アフリカンダンスのレッスンにも行くようになっていたのですが、

最近は会場が変更になってめっきり行かなくなった・・・(涙)

しか~し、週末のお天気がいい日には
お堀をはさんで向こう側の舞鶴公園から
アフリカンドラム?系の(ジェンベとかだと思うけど)音が
聞こえてくるのです♪

きっと練習してるんだと思うんだけど。

それが、リラの窓を開けておくと、
よ~く聞こえるんだなぁ~ ^^v

アフリカンなリズムは聞いているだけで、
体からエネルギーが沸いてくる感じがして、
ついついドラムの音にあわせて踊ってしまいます♪

リラの入っているビルで
ふらふらとベランダとか部屋の奥の方で
踊っている怪しい人影をみたら

それは、きっと私です(笑)



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トリノ・エジプト展

2010年01月09日 23:32


リラのご近所さん、「福岡市立美術館」で開催されている
「トリノ・エジプト展-イタリアが愛した美の遺産」
を見に行ってきました。

去年からずっと気になっていて、
やっと今年に入って福岡上陸♪

1824年の博物館設立以来、
館内ですら動かされたことがない作品を含む、
選りすぐりの名品約120点が日本初公開!

ってな訳で、これは見ておかねば・・・・

大型彫像やミイラ、彩色木棺、死者の書、
パピルス文書、ステラ(石碑)など
色んなエジプト関係の展示会に行っている人でも
見ごたえ十分だと思います。

最近、「みずがめ座の時代」といわれるこの時代の
ちょうど対極にある「しし座の時代」に栄えたと
言われるエジプトの文化、その背景にあるもの
その背後になり影となっていたものについて
色々と考えていたので、展示品を見る目も
いつも以上にキラキラ(ギラギラ?) 笑

トリノ・エジプト展を見て、
足が疲れた頃にリラでボディワーク・・・・

な~んてスケジュールを組むのもいいかもですよ~♪

福岡市美術館のHP

トリノ・エジプト展 オフィシャルサイト

今年もよろしくお願いします♪

2010年01月07日 19:22


昔、アタックナンバーワンなんて漫画があったと思いますが、
今の私の心象風景はあんな感じかもしれません
(新年から・・・、笑)。

ネットの向こう側から飛んでくるボールを必死でレシーブし、
時にこっちからスパイクを打ち込み揺さぶりをかけることさえある。

まるでそうやってボールを受け、返すことが
生きることであるかのように・・・・・
いや、生きるために、自分が存在するためには
そうするしかないと思っていたのかも。

いや、たぶん4年くらい前に、ブログのどこかで
「それが私を私たらしめてきたものだ」
とさえ書いた。

何があってもそうやってコートの中に立ち続けてきた。

数年前、とうとうコートの中で倒れて担架に乗せられ、
救急車で病院に担ぎ込まれたにもかかわらず、
ドクターストップになって、自分でもストップなのだと
認めていたにもかかわらず、気がつくとまた
コートの中に戻ってボールを必死で受けていた。

ところが今年に入って、
自分の体が半透明体になってボールが受けられない、
打ち返そうとしてもスルーしてしまう
(とうとうパンチドランカーの域か・・・)。

何度か必死でボールを打ち返そうとするが、
やっぱりスルー。

それでもなんとかしようとする気力も体力も
実のところ1滴も残ってはいない。

そしてはたと気づく・・・・
もしかしたら、ずっと打ち返してきたボールは、
ただの幻影だったのでは・・・・?

ボールを打ち返すことで、ボールを受ける刺激を感じて
いる自分を「自分」だと認識していたのだとしたら・・・?

ときどきまだネットの向こうから飛んでくるボールを
横目で見ながら、半透明になってしまった自分を
ただ感じ、眺めている。

ボールを打ち返している自分を「自分」だと認識して
いたのだとしたら、ボールを打ち返していない時の「自分」は
感じたことなんかない・・・・よね? 
だってそんな選択肢があるなんて
考えたこともなかったのだから。

そうして、しばらくじっとそこに留まっていると
半透明な私の体も溶解してしまった。

ときどき思い出したかのように飛んでくるボールが
とても遠くに感じられ、辺りは静まりかえってくる。

すると、どこかで聞き覚えのある音が聞こえてくる。 

クリスタルが元気にピチピチと跳ねているような音・・・・・

音のする方に目を向けると、
そこにはさっきまで私の体があったところに
小さいけれどピチピチと光っているクリスタルみたいな、
光みたいな得体のしれない光るものがいる。

耳をすませば、そこからちゃんと聞こえてくる音がある。

「ただ【在れ】ばいい」

10年以上そう言われ続けてきたけれど、
ずっと分からなかった。

でももしかしたら、
「ただ【在る】」
ってこういうことなのかな・・・・

ちょっとだけヒントを掴めた気がする。

ずっとコートでボールを受け続け、
もう気力も体力も1滴も残っていないところまで
やり切って、やっと気づいたらしい・・・・

もう少し、消耗しない学び方がしたいものですがね~

今年は当面、「ただ【在る】」の体験実習をやるんだろうなぁ~

また知らないうちにコートの中に戻らないことを祈る・・・

新年早々、Kanae節全開な感じですかね(笑)

本年もよろしくお願いいたします m(_ _)m


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